相続放棄の手続をとる前に、被相続人の預金を引き出したり、家財道具を処分してしまったのですが、もう放棄は出来ないのでしょうか

相続放棄の申述前に、被相続人の財産を処分するなど、相続放棄をしないことを前提とする行動をとった場合、原則として、その相続人は以後相続放棄をすることが出来なくなります(これを法定単純承認と言います。)。

ですから、相続放棄を考えている人は、万が一にも法定単純承認に該当しないよう、遺産には手を付けないのが良いでしょう。

但し、ここで勘違いしてはならないのが、遺産の処分に関しても例外的に法定単純承認に該当しないケースがあるということであり、「もう相続放棄をすることは出来ない。」と早合点して諦める必要はありません。

一例を挙げれば、衣類や家具などを形見分けとして分配することや、遺族として当然営まなければならない葬式費用等については、社会的に見て不相当に高額でない限りは法定単純承認に該当しないとした判例があります。

また、遺産の中に借金があった場合に、遺産である現預金の中から借金を返済したような場合についても、プラスの財産とマイナスの財産を相殺することで現状維持しただけに過ぎないと評価出来るから(=保存行為)、法定単純承認に該当しないとされています。

実際上、被相続人の債権者である貸金業者等からの執拗な督促を受けて、相続人が債務を弁済する事例は少なくなく、このような場合には放棄を認めないのは酷であるとの判断が働いているのでしょう。

このように、遺産の全体から見て現状の維持と評価出来るような行為については、処分行為ではなく保存行為に該当するとして、借金の返済に限らず、法定単純承認から除外することも可能と思われます。

その他、生命保険金を受領した場合についても、法定単純承認には該当しないとされています。これは生命保険金が特別の契約に基づいて支払われるもので、「遺産」「相続財産」には該当しないとされるからです。

但し、生命保険の受取人が被相続人本人になっていたような場合には、生命保険金は「遺産」と評価されることになりますので、これを受取ることは法定単純承認に該当します。

また、医療保険やがん保険の加入者が病気で入院し、「入院給付金」等を受給出来る要件を満たしたにも拘わらず、それらを受給する前に死亡した場合には注意が必要です。これら給付金は被相続人が生前に受取ることを予定したものであり、受取人が「被相続人」となっている以上、これは厳密には「遺産」と評価されることになります。

なお、相続放棄の手続においては、利害の対立する相手方(例:被相続人の債権者である貸金業者)の意見を聞く機会は設けられていません。

裁判所は、ひとまず申立人の意見を聞き、その内容をもとに受理証明書を出すだけなので、法定単純承認に該当するか否かという争いは、被相続人の債権者が相続人相手に貸金返還訴訟を起こして来た時に、初めて顕在化します。

裏を返すと、たとえ裁判所が発行する相続放棄の受理証明書があっても、その後の裁判の場でその効力を否定されることがありますので、法定単純承認に該当するか微妙な案件については、専門家が戦略を立てて適切に対応する必要があります。

 

相続放棄の手続をとる前に、被相続人の預金を引き出したり、家財道具を処分してしまったのですが、もう放棄は出来ないのでしょうか